小規模宅地等の特例

小規模宅地「家なき子」特例は使えるか
— 持ち家はあるが、単身赴任で会社の社宅に住む子が実家を相続する場合

よくある論点を一般化した解説です。設例:被相続人(親)は独居のまま老人ホームに入居後に死亡。実家(自宅の土地・建物)を、別居の子が相続する。子は自分名義の持ち家を所有し、そこには妻子が居住している。子は数年前から遠方へ単身赴任し、勤務先が用意した会社の社宅に居住。住民票は持ち家のままで、持ち家へは月1〜2回帰る程度。子はこの実家を家なき子特例で減額したい。「持ち家はあるが、そこには住んでいない(社宅暮らし)から使えるはず」と考えられるが、はたして適用できるか。

一般的な解説です。個別の事案への当てはめは、事実関係により結論が変わることがあります。適用にあたっては専門家にご確認ください。

結論の要点(先に) 条文の建て付け上、「持ち家を"所有"しているか」ではなく「過去3年以内に自己等の所有家屋に"居住"したか」で判定する、という読み方は正しいものです。しかし本設例は持ち家に家族が住み続け、住民票も残したままという事情が重なるため、「持ち家に"居住"していない」と税務署に認めてもらうことが実務上むずかしく、適用の余地はあるが、否認されるリスクの方が高い(楽観視できない)案件です。

1. 前提の整理 — 大半の要件は満たす

家なき子特例(別居親族が被相続人の居住用宅地を取得する場合)の要件のうち、次の点は本設例では問題なく満たします。

確認事項本設例での扱い
被相続人に配偶者がいないこと親は独居のため満たす
被相続人の自宅に同居していた法定相続人がいないこと同居親族なしのため満たす
親(被相続人)側の老人ホーム特例要介護等の認定(相続開始の直前に受けていれば足りる)+施設要件を満たし、入居後に実家を賃貸・第三者の居住に供していなければ、実家は特定居住用宅地として存続。満たす前提(空き家として維持されていたかは要確認)
住んでいる社宅が「身内の持ち家」でないこと勤務先が子と資本関係のない一般企業なら、社宅は「自己・配偶者・三親等内親族・特別関係法人が所有する家屋」のいずれにも当たらず問題なし(勤務先が同族会社で本人・親族が株式の過半を保有する等の例外だけ要確認)
取得した宅地を申告期限まで保有すること保有予定のため満たす

つまり、ひっかかる可能性があるのは一点だけです。それが次章の「持ち家に居住したことがないと言えるか」です。

2. 争点は一点 — 「自分の持ち家に居住していない」と言えるか

条文の文言(措法69の4③二ロ/国税庁タックスアンサー No.4124) 「相続開始前3年以内に…取得者・その配偶者・三親等内の親族・特別関係法人が所有する家屋居住したことがないこと」/さらに「相続開始時に居住している家屋を過去に所有していたことがないこと」(平成30年改正で追加)。

子の持ち家は子自身の所有です。したがって家なき子として認められるには、「子自身が、過去3年間その持ち家に"居住"していなかった」と評価できることが不可欠です。ここで「居住」の有無は、住民票がどこにあるかではなく、「生活の本拠」が実態としてどこにあったかで判断されます(民法22条。生活の本拠は本人の気持ちではなく、住まい・仕事・家族や資産の所在・滞在日数などを総合して客観的に決める、というのが最高裁平成23年2月18日判決〔いわゆる武富士事件〕の考え方)。

有利な事情と不利な事情を並べると

+ 「生活の本拠は社宅(=持ち家に住んでいない)」を支える事情
  • 数年にわたる長期・継続的な単身赴任(短期の出張とは質的に異なる)
  • 日常生活のほぼ全て(就寝・食事・勤務)を社宅で送っている
  • 持ち家への帰宅は月1〜2回にとどまる
  • 会社の辞令に基づく異動で、居住実態を仮装した形跡がない
− 「生活の本拠は持ち家(=居住あり)」と反論される事情
  • 持ち家は本人の所有で、しかも妻子が現に住む家族の生活拠点として維持されている
  • 住民票を持ち家に残している
  • 月1〜2回、家族のもとへ継続的に帰っている
  • 「単身赴任」は本来、家族の拠点を残して本人だけが一時的に赴任する形態で、生活の本拠は家族の住む自宅と評価されやすい
なぜ本設例は不利に傾きやすいか 家なき子が単身赴任者で認められやすいのは、通常「本人に持ち家がなく、家族も賃貸などに住んでいる」ケースです。本設例は本人が、家族の住む持ち家を所有している点で、「生活の本拠は赴任先」という主張が相当弱くなります。武富士判決の総合判断に当てはめても、配偶者・子の所在、資産(自宅)の所在と所有、住民票がいずれも持ち家の所在地を指しており、勤務地・滞在日数(赴任地)と拮抗するどころか、否認方向の材料の方が厚いと見ざるを得ません。

3. 見落としやすい落とし穴 — 2つの要件が「同じ一点」で連鎖する

要件のうち「相続開始時に居住している家屋を過去に所有したことがない」という部分も、実はこの生活の本拠の認定に連動します。

もし…
「生活の本拠は持ち家」と認定されると
要件アウト その1
過去3年以内に自己所有家屋に居住したことになる
要件アウト その2
相続開始時に居住する家屋=過去から所有していた持ち家になる

つまり、争点は見かけ上2つの要件にまたがりますが、「生活の本拠はどこか」という一つの事実認定に集約されており、そこで負けると二重に失格する構造です。逆に言えば、勝負どころはこの一点に絞られます。

4. 「賃貸住まいの家なき子」との違い

同じ「単身赴任・別居の子」でも、次の2つは結論の堅さがまったく違います。

ケース典型的な家なき子(堅い)本設例(争いになりやすい)
本人の持ち家持っていない持っている
家族の住まい家族も賃貸などに居住本人所有の持ち家に妻子が居住
生活の本拠の説明赴任先=本拠と自然に言える持ち家(家族の拠点)と拮抗し、むしろ持ち家寄り
結論適用しやすい否認リスクが高い

相談で「大学の宿舎に単身赴任していた人が家なき子に該当した」といった先例が引き合いに出されることがありますが、その先例で本人の自己所有家屋が「空き家・賃貸中」だったのか、本設例のように「家族が住み続けていた」のかで、結論の強さは大きく変わります。先例を根拠にする場合は、この前提の一致を原典で必ず確認する必要があります。

5. 実務対応 — 立証責任は納税者側にある

書面が不利に働く構造 家なき子の判定では、戸籍の附票などで過去3年の住所履歴を示します。本設例は住民票上の住所=自己所有の持ち家であるため、書面だけを見ると「自己所有家屋に居住していた」と読めてしまいます。したがって「実態は社宅が生活の本拠だった」ことを納税者側が積極的に立証する責任を負います。
◎ 実態を裏づける想定資料
申告方針の選択肢 本設例は生活の本拠の認定という調査で争点化しやすい論点が中心です。証拠の厚みに自信が持てないなら、(い)(う)も含めて慎重に方針を決めるのが安全側です。

6. まとめ

要点
主な根拠
租税特別措置法69条の4第1項カッコ書(老人ホーム入居時のみなし居住)/同第3項第2号ロ(別居親族「家なき子」の取得者要件)。
租税特別措置法施行令40条の2第2項(老人ホーム特例の要件)・同第15項(特別の関係がある法人の定義)。
民法22条(生活の本拠=住所)/最高裁平成23年2月18日判決(生活の本拠は客観的実態で総合判断)。
国税庁 タックスアンサー No.4124(小規模宅地等の特例)。平成30年度税制改正(家なき子の要件厳格化、経過措置は令和2年3月末で終了)。